こんにちは 心笑庵(@shinsyoan777)です。
いや〜寒い。
寒過ぎます。笑
普段外で作業をしていますので、風が冷たいと手がかじかんでたまりません。何度も暖をとりながらなのでなかなか作業ペースが上がらないですね。
とはいえお持ちいただいている方がたくさんいるので頑張りますよ〜。
そのためにも今度暖かい手袋を買いに行こうと思っています。指先が空いているやつですね。
これで多少はましになるかと。(もしかしたらほんの気休めかもしれませんけど。笑)
さて今日のお話は自分の内側をさらけ出すこと。
わたしの場合、失敗も恥も積極的にさらけだしていますけど、これには明確な理由があります。(あまりにも明けっ広げに家庭内での失敗も外に話すので妻は嫌がっておりますが。笑)
それはその方が自分にとっても相手にとってもいいからです。
人は悩みや悲しみを自分の中だけに溜め込んでしまう生き物。
「こんなこと言ったら変に思われるかな?」
「そんな弱い自分を人に見せるのはみっともない。」
「人に言わなければ誰にも知られないから自分の中だけに留めておこう。」
普通はそんな風に考えてしまいますよね?
けどそうやって生きていくと苦しいばかりでいつか我慢の限界がきて爆発してしまいます。
わたしはそんな人を結構見てきました。
今はあまり見かけなくなりましたが、昔はお酒を飲むと豹変する人がたくさんいたんです。
普段おとなしい人が急に強気になり喧嘩を始めてしまう。
そして酔いが覚めるとまた急におとなしくなる。
顔は傷だらけでしょんぼりしています。
そんな光景が昔はそこかしこにありました。(わたしはいつも介抱/世話役で大忙し。笑)
普段我慢している人ほどお酒で豹変してしまいやすいように感じます。昔は今ほど価値観の多様性が認められていなかったので、
「こうでなければならない」
という思い込みに囚われている人が多かったからでしょう。
そんなのもたくさん見てきたのでいつしか自分を偽ることは止めました。こうでなければというのも捨ててきました。いいカッコばかりしていたら苦しいですもんね。何よりもカッコいいばかりの自分は自分らしくありませんから。
(心笑庵はミスしてなんぼです。ミスしているうちは周りも安心でしょう。笑)
そこで今日の一言
「心を裸にして 悲しい事 悩んでいる事 誰かに話してごらん とっても楽になるよ 自分を全部見せたら スッキリするよ」
ありのままの自分を認めることができると、生きるのがとても楽になりますし、周りの人との人間関係もよくなると思いますよ。
恥ずかしかった幼少時代
今はこんな風に色々なことをさらけ出していますけど、最初からこうだったわけではないんです。
幼い頃は父親が病気がちで入院してばかりだったので、生活保護を受けて生活していました。
ですから人から貧乏であること、そういう目で見られることに強い抵抗感があり、
「絶対に同情や憐れみを受けたくはない。」
という強い気持ちが。
それに加えて母親もかなり破天荒な人だったので、小さい頃は近所を歩くのが本当に肩身が狭かった。(※母親に関してはエピソードが山のようにありますのでシリーズ化できるほど。笑 いずれそれも話しますね。)
ですから学校で会う友達の前ではそれを悟られないよう努めて明るく振る舞っていたんです。
最近その頃の友人と会うことがあり、その話をしたんですが
「ひょうきんなばかりで全然そんな風には見えなかった。」
という言葉をもらいました。つまり私の演技が結構うまかったのでしょう。笑
でも子供時代はずっと人に対してどこか引け目を感じていたのは事実です。ありのままの自分なんて認めることができていませんでした。
けれどいつからでしょうね。多分各地を転々として熊本に戻ってきたあたりでしょうか。
最初は一つの仕事を継続できていない自分に引け目があったのですが、色々経験してきたおかげで地元にずっと残っていた人より、広いものの見方ができるようになっていることに気づいたとき
「あぁ、この自分でいいんだ。これまでの道は間違っていなかったんだ。」
そう思いはじめてから自分を出せるようになってきた気がします。
それからは少しずつですが自分をさらけ出し、自分の中だけで溜め込むことをやめました。
いろいろな経験をできるだけ多くの人と共有することにしたのです。
何よりも自分の失敗やミスを隠すことなく話すと人が爆笑してくれます。
「なんやそらお前馬鹿じゃなかか。笑」
「野中の話はおもしろかな〜。笑」
多くの人々が手をたたきながら顔をクシャッと歪ませる光景。部屋中笑い声でいっぱいになります。それを自分が起こしていると思うと嬉しくてたまりません。中には
「笑いすぎて腹の痛か〜。もう止めてくれ〜。笑」
という人もでる始末。最高です。こうなればもう病みつき。笑
それからというものあらゆることをさらけ出し、今の心笑庵が作られていったのです。
こんな自分になれたから直腸がんになったときも積極的に人に話しました。
その最たるものがこちら↓
※がん発覚直後におくった翌年の年賀状です。
病気が発覚したのが2017年11月上旬。12月の手術よりも年明けの年賀状のことで頭が一杯でした。笑
「みんな笑ってくれるかな〜?」
そう思いながら入院していたことを覚えています。
変ですよね?
われながらおかしな人間だな〜と思います。笑
普通は自分の命のことを考えたりするでしょうし、人工肛門になることは多くの人が隠したいこと、できるだけ話したくない内容でしょう。
でも私にとってはそれもネタなんです。人を笑わせるための。
全てがネタ。
こんな考え方をしているからなのか、これまで人生なんとかなっています。もちろんつらい苦しい思いも経験しましたが、今幸せに暮らせているということはそれでいいんだと思います。
みんなこんな風になれとはいいませんが、自分の悩みや苦しみって自分の中だけで抱え込まないと案外楽になるもんです。
それは息子が亡くなった後の妻の姿をみて思いました。
妻を救ってくれた人
息子が亡くなったとき、妻もそうですが、私自身もどうすればいいかわからなくなっていました。
ふたりして落ち込めば妻は立ち直れず家に引きこもるだろうと感じ、私だけでもしっかりしていなければという気持ちでした。
ですからいまいち妻に対するフォローができていなかったように思います。もともと妻は私と違い何でも人に話すタイプではありません。自分の弱みを人にはさらけ出すことができない。ですから気持ちのやり場がない状況がしばらく続いていました。
そんな時、妻はいつまででも家に居てはいけないと、気分転換に近所の美容室に行ったのです。そこは普段通っているところではなく、同じように早くに息子さんを亡くされた方が経営されているところ。
その場所で妻は救われました。
ただただ寄り添って話を聞いてくださる。それだけの行為が妻の固く閉ざされた扉をこじ開けたのです。
誰にもさらけ出せない自分の悲しみや悩みがとめどなく涙とともに溢れます。
やり場のないどうしようもない思いが流れ出ていきます。
「うん。うん。わかるよ。」
こうすればいいとかいう具体的なアドバイスなんかはありません。ただ何も聞かず髪を切ってくださるだけで妻の心は開放されていきました。
髪を切り終わり、最後に肩をポンとやさしく叩いて
「しっかりせなんよ。私もつらかったけど、まだ人生は続くとだけん。」
そう声をかけられたときのことを妻は一生忘れないでしょう。
その方を恩人だと言っているくらいです。
身近にそんな人がいて本当にありがたく感じます。
散髪から帰ってきた妻の顔はいく分か明るくなったようで何かが晴れたような気がしました。
その方のおかげでその数日後、妻は職場に復帰したのです。
たとえ解決策が見つからなくとも、ただ人に話を聞いてもらうだけで人は救われます。
勇気を出して悩みや悲しみを表現してみる。そうすることで何か光明が見えるかもしれません。
病院での出来事
それは人工肛門を止め、腸の再結合手術をした後、検査で病院を訪れていたときのこと。
1日数十回トイレにいかなければならなくなり、私自身毎日苦しんでいた時期の話です。
詳しい話はこちら↓↓↓
待合のソファに腰掛ける暗い顔をされた一人の年配の女性。
検査時間までは幾分か時間がありましたので、隣に腰掛け声をかけました。
「こんにちは。どうされましたか?」
ここは大腸がん専門の病棟ですので、この方もおそらく私と同じ様な感じだろうと思ったのです。
すると女性は暗い顔のまま話を始められました。女性は直腸のガンが肛門に近かったので永久的に人工肛門にしなければならず落ち込んでいる旨のことを話されました。
その間私はただ聞き役に徹します。
女性もしばらく思いを吐き出されて少し落ち着かれたようです。
そこで私の今の状況を詳しく話しました。
人工肛門から開放されたものの、生活はより苦しくなり1日に数十回もトイレに行かなければならず、1日中トイレのことを考えて頭がおかしくなりそうな時もあるということ。当然間に合わず失敗して汚してもしまうこともあり、情けない思いをすることもある。生活スタイルでいうならパック交換の手間はあるけど人工肛門のときの生活のほうが遥かに楽だったということ。
ここでも決して暗い感じではなく、できるだけ明るく面白おかしく自分の失敗談を話します。
するとその女性も表情が緩み、
「笑っちゃいかんけど笑ってしまいます。笑 大変な思いをされているのにすごいですね〜。」
と笑顔になられました。
「そうなんですよ。よかことばかりじゃないですよ。それに年取って下の世話をしてもらうときには人工肛門の方が絶対いいと思いますよ。その方が世話する人も楽でしょうし。」
そうわたしが言うと一気に顔が明るくなります。
「そうですね。私ももう年ですけん。もしかしたらそっちの方がよかったのかもしれんですね。なんだか気持ちが軽くなりました。ありがとうございます。」
そう言われた女性の顔は話しかける前とは比べ物にならないくらい柔らかくなっていました。
しっかりお辞儀される姿を見ながら私は少しだけは役にたてたかなと感じたのでした。
話すことで何か状況が変わったということはありません。ですが、ものの見方でいい方にも悪い方にも捉えることができます。明るい顔/暗い顔どちらの顔をしていても人生は進みますが、おそらく行き先が変わってくるでしょう。
妻のときもそうですが、自分の思いを誰かに聞いてもらい、心のつまりをとるだけでも楽になります。それに私の苦しんだ経験も面白おかしく話すことで相手が救われるのならこれほどうれしいことはありませんね。
どんどん話したくなります。
こんな風に自分のことをさらけだすと自分にとっても人にとってもいいことばかりなんです。
わたしがこんな風に壁をつくらない人間だからか、周りの人から煙たがられている人からも好かれます。ですから結構不思議がられますね。笑
「哲ちゃんな、あの人とも仲良くしとるとか信じられん。」
そう言われますが、わたしにとってはそれもネタになります。笑
「また誰かに話せるぞ」とニヤニヤしてしまいます。
改めて今日の一言
最後に改めて今日の一言
「心を裸にして 悲しい事 悩んでいる事 誰かに話してごらん とっても楽になるよ 自分を全部見せたら スッキリするよ」
ありのままの自分を表現できる人が増えるといいですね。壁がない人の方が接しやすいですし、裏表のない人はやはり好かれます。人間関係をよくすることにも繋がっていくでしょう。
誰かのお役に立てれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
明日は免許センターに免許の更新に行っていきます。
それでは〜!
・・・その結果はこちら↓
-------------------------------------------------------------------
私は長年経営していたスーパーをやめて、現在は創作活動をしながら地域を盛り上げるような活動を行っています。
これまで本当に山あり谷ありの人生を送ってきて、決して順風満帆ではありませんでした。
幼い頃の貧乏生活、若い頃の度重なる挫折、何度病院に通ったかわからないほどの病の連続、そして我が子の死。
思い返せば苦しい時期の方がはるかに長かった。心が折れそうになったことは数知れません。
けれどいつも笑顔とユーモアを持ち続けてきた結果、今では自分のやりたいことで周りの人に喜ばれるような活動ができています。
こんな風な人生になれたのも人のためという気持ちを忘れなかったからだと感じます。ここまで生きて来れて本当によかった。
悲しいことはありましたけど、私は私として人生を生きられることを幸せに思います。ある程度年齢を重ね、人の喜び=自分の喜びだと今では深く感じています。
ありがたいことに私の拙い言葉で感動されたり、涙を流して喜ばれる方も出てきました。 私はそれが嬉しくてたまりません。私ができることで1人でも多くの皆さんのお役に立てるのならこれほど嬉しいことはありません。
ということで心笑庵公式LINEを始めました!下記より友達登録できます。
普段感じている悩みや不安、誰に相談していいかわからない事、世間話でも構いません。
1人で悩まないでそっと吐き出してみませんか?
人は言いたいこと吐き出したいことをため込んでしまうと、ストレスで自分の本来の力を出せなくなっていくものです。
きっと苦しいはずです。我慢はいつまでも続きません。
私は失敗や恥を遠慮なく吐き出してしまうことで人生を好転させていきました。私がもしため込んでしまう人間だったらおそらくもうこの世にはいないかも知れません。
それくらい多くの失敗や恥ずかしい経験をしてきました。
あなたがもし自分の中だけにため込んでしまって苦しんでいるのなら、どうぞ気軽にご相談ください。
(※料金が発生するわけでもありませんからご安心してください^ ^)
心笑庵公式LINE内容
- 定期的に届く「心がホッとする言葉」
- ご相談いただいた方には、ご相談内容に基づき、個別に私が心を込めた言葉(筆文字)をプレゼント
- ブログ更新のお知らせ
- 今後の活動内容をどこよりも早くお届け
どうぞご気軽に!それではお待ちしています。
コメント